強く香るタバコの匂い。
ゾロは浅い眠りの海からゆるやかに浮上した。
人の声も風の音もない。遠く流れる水の音と、複数の寝息が耳をなでる。
ここは、ガレーラカンパニー仮設本社・特別海賊ルーム。
遠く流れる水音は、ウォーターセブンの水路から。
複数の寝息は、CP9との戦いを終え疲れ果てた仲間たちがたてる音。
目を開けると、濃厚な闇が漂っていた。
身を起こすと、タバコの匂いが揺らいだ。
「起きたか」
ちり、とタバコが燃える音。同時に強くなった火がサンジの顔を照らし、すぐ弱まって闇に沈んだ。
「…今は夜か?」
「じゃねぇかな」
再び、ちり、と燃える音がして、サンジの顔が闇に浮かんだ。
かき上げた髪の下から見えた目の光は弱くぼんやりとしている。
「おれも起きたばっかなんだ」
「そうか」
ゾロはベッドから降りてキッチンに向かった。
グラスを出して蛇口をひねる。存外大きな水音が室内に響いた。
「水でいいのか?」
サンジは意外そうな声で言った。
水道を止めながら、ゾロは視線で意味を問う。
サンジはタバコを揉み消して、にやりと笑う。
「後ろ、見えてねぇわけじゃねぇだろ?」
コツコツと踵を鳴らし、サンジが近付く。
グラスに口をつけながら、ゾロは指された場所を見た。
ワインセラー。
ゾロは、喉奥で笑った。
「いいのか?」
わざと意外そうな声で問うゾロに、サンジは、
「イヤならいいんだぜ?」
と、意地の悪い笑みを見せた。
「なわけねぇだろ」
「だよな」
サンジはグラスをひとつとワインをひと瓶取り出して、
「てめぇは、そのグラスを使えよ」
と言って扉を開けて外に出た。
ゾロは残りの水を一気に飲み干して、後に続いた。
ひやりとした夜風が頬を撫でる。
「暗いな」
見上げた空を、ぐるりと見渡す。雲はほとんどないのに月の姿はなく、星も少ない。
「ここは産業が発達しているからな。空気が濁っているんだろ」
建物から少し離れた芝生に座り込み、サンジはポケットからナイフを取り出した。
「そういうもんか」
ゾロは隣に座り、サンジの手元を眺めた。
「そういやぁ」
ぽつり、とゾロが言葉をこぼす。
「お前を殴ろうと思ってたんだった」
「は?」
思いがけない言葉に、サンジのナイフを持つ手が止まった。
「なんだそりゃ」
訝しげな声でサンジは言った。
答えるゾロは、ぽつりと答える。
「軍艦に囲まれた時」
「ぁあ」
ふっと息を吐くような声で頷くサンジを見て、ゾロは少しだけ笑みを見せた。
「あん時は、どこ行きやがったと思った」
「で、今は?」
「ムカついていない、とは言わねぇが」
複雑な表情を見せるゾロに向かって、サンジはにやりと笑って言った。
「おれがいなくたって、大丈夫だっただろ」
「そういう問題か」
「だろ。おれは平気だと思ったし、ああするのがベストだと思ったから門を閉めに行ったんだ」
ゾロは苦虫を噛み潰したような顔で、サンジを見た。
「…そりゃ、誉めてるつもりか?」
「の、つもりだけどなぁ?」
ポン、と小さな音がして、サンジの手にコルクが落ちる。
同時にワインの香りが鼻腔をくすぐる。
「ほれ」
サンジが瓶の口を向けた。ゾロは黙って、グラスを差し出す。
「乾杯しようぜ大剣豪」
「何に」
面倒臭そうに問うゾロに、サンジは言った。
「勿論、ロビンちゃんの無事と」
「と?」
カチン、と強引にグラスをぶつけてから、
「お前の誕生日に、だろ」
と答えて微笑を浮かべた。
ワインの水面に微かな星明かり。
ゾロは口元に笑みを浮かべ、グラスにそっと口付けた。
-end.