side:S
西日の差し込む食堂。
規則正しい包丁の音が止んで、キッチンの主が振り返った。
「…何だこりゃ」
夕飯の支度中、入ってきた気配がなかなか出て行かないと思ったら。
「こんなとこで寝るな、クソマリモ」
返事はない。
「クソ邪魔なんだよ、マ・リ・モ!」
「…んん…あ…」
起きた、かに思えたが、続いて聞こえたのは静かな寝息。
腕の隙間から覗く寝顔はあまりに幸せそうで、怒る気も失せる。
「どーしたってんだ、こりゃ」
手にしたボウルを置いて、サンジはひとりごちた。
胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける。
立ちのぼった煙は西日を受けて、キラキラと細かい光を散らせた。
「…あ」
陽がわずかに傾いた、その一瞬。
暖かい橙色が、部屋中に満ちた。
真っ白なテーブルクロスも、樽も、冷蔵庫も、何もかも。
それは夢のような光景。
魔に魅入られたかのような。
ほんの一瞬、光の気まぐれ。
煙を吐ききる頃には、いつも通りの夕暮れの部屋で。
それは、幻かと思えたけれど。
「…んー…」
再び身じろぎをした緑の頭。
それだけは、橙色に染まりきらずにいつも通りだったから。
「あー…ま、そーだな…」
サンジは口元で、ふっと笑った。
どんな光の中でも。
どんな場所でも。
「かっわんねーってことだな」
それが現実。
アイツがいるなら。
それは、どこだって。
リアル。
side:Z
ちかっ。
網膜を、鋭い光が刺した。
「…んー…」
ゾロは身じろぎをして、薄目を開ける。
橙色に染まった食堂。
西日が瞼を刺したらしい。
不快さに眉をひそめ、体勢をずらして、もう一度日差しを確認した。
次に網膜に映ったのは、淡い光に包まれた食堂。
さっきの鮮やかな橙色は、消えていた。
夢だったのだろうか。
ぼんやりと思ったが、すぐに否定した。
コトコトと、鍋が音を立てている。
微かに鼻をつくのは、煮物の匂い。
さっきからずっとしている、温かな香り。
間違えるはずのない匂い。
心休まる匂い。
そして現実にある香り。
これは、あいつが作る、この上もないほど上等な。
リアル。
-end.