[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



▲top

  ▲text top


××× 009 : 血 ×××


 キッチンの扉が開いた。
 サンジは振り返らず、鍋の火加減を見ていた。
 誰が入ってきたかのかは、分かっていたから。
 気配はゆるやかな歩調で、まっすぐにワインラックへ向かっている。
 苦笑を漏らして鍋の蓋を閉じた。
「酒はダメだぞ」
「飲むわけじゃねぇ」
 おかしな事を言うものだ。
「じゃ、どうするってんだ」
「足にかける」
「は?」
 バカが付くほどの酒好きが、飲まずに足にかけるって?
 サンジは驚いて振り返り、そして目に入った状況に言葉を失った。
「…お、おま…」
 ゾロは一向に介す様子もなく、ワインラックを物色し始めた。
「もっと強いヤツねぇのか」
「そういう問題か!」
 流しに置いたタオルを掴み、サンジはゾロの足元に屈む。
「こんな血ぃ垂れ流して歩くんじゃねぇ、アホか!」
 踝の、少し上。
 真一文字に走る刀傷。
 真っ赤な血が、ゆるやかに、けれど止めどなく流れ出て、歩いた道筋そのままに赤い川ができていた。
 白いタオルで押さえると、見る間に深紅が広がった。
「先に止血だろうが」
「だから酒」
 酒で消毒するつもりなのか。
「何だっていいから、とにかく座れ」
 肩を掴んで近くのイスに、引きずり倒すように座らせた。
「消毒薬はどうした」
「使い切った」
 だからここに来たんだろ、と続けるゾロをサンジは睨み付けた。
「とにかく、押さえとけ」
 紅に染まったタオルを押しつけて、サンジは流しの下から透明な酒瓶と新しいタオルを出した。
「手、どけてみ」
「ああ」
 滴が垂れそうなほど血を吸ったタオルを取ると、やはり赤色に染まりきった包帯が現れた。
「お前、ちゃんと止血したか?」
「当たり前だ」
「じゃ、なんでこんなになるんだ」
「さあ」
「さあ、じゃねぇだろうが」
 バカが。
 サンジのつぶやきを聞きとがめてゾロは言う。
「貸せ。自分でやる」
「自分でやったから、こうなったんだろうが。おとなしくしてろ」
 口の中でぶつぶつと、サンジは文句を吐き出しながら包帯を解く。
 分が悪いと悟ったのか、ゾロはおとなしくそれを見ていた。
「…っとにな…」
 サンジの文句は止まらない。けれど口から外に出ることはなく、その内容は分からない。
「…面倒くせぇ」
 吐き出すようなゾロの声。
 サンジは無言のまま、解いた包帯をぐちゃぐちゃと丸める。
「はっきり言え。文句があるんだろ?」
 ゾロの言葉が耳にまとわりつく。
 手には、乾いた血と濡れた血の混ざった嫌な感触。
 ちくちくと。ぬるりと。
 解けてゆくに従って、ぬるりとした感触が増していく。
 それに比例して鉄の臭いが強くなる。
「…あーあるな山のようにな」
 解ききった包帯を、サンジは床に叩き付けた。
「足切り落とす? それでどうするつもりだったんだ」
「どうって」
「足なくすってことが、どんなことか分かってんのか?」
 ゾロは口元に、笑みを灯した。
「そんなの決まってる」
「どう決まってるってんだ」
「戦って、勝ってた」
「……大層な自信だな」
 呆れた声で漏らすサンジに、ゾロは淡々と続ける。
「当たり前だ。じゃなきゃ、足を落とす意味がねぇ」
「へぇ? 大剣豪さまは、その時だけ勝ちゃあ良いってかい?」
「……他に方法がなかった。それは今でも思う。だが…」
「だが?」
 ゾロは微かな笑みを見せた。
「今は全部切らずに済んで良かったと思う」
 思いがけない言葉に、サンジはゾロの顔を見つめる。
「おまえ…」
 熱でもあるんじゃないのか?
 と、言おうとしたのだが。
「また、あんなことになったら躊躇わずに切り落とすが…」
「落とすのかよ!」
 一瞬で怒りが頂点に達したサンジは、手にした酒瓶を一気に傾け中味を口に含んだ。
 そして、不思議そうな瞳をしたゾロを睨み付け、傷口に向かってそれを吹きかけた。
「……! てめ…!」
 酒瓶の中味は、料理酒。ワインなどより純度は高いが、消毒用アルコールより遥かにしみて痛いはずだ。
「…ホントに落としたら、こんな痛みじゃ済まねぇぞ、ばーか」
「………分かってる」
 手の甲で口元を拭うサンジは歪んだ笑みを見せた。
「本当かねぇ」
「分かってる」
 そう言うゾロの顔は憎たらしいほど平静。
 サンジは小さく舌打ちし、酒を染み込ませたタオルでわざと乱暴に傷口を拭いてみた。
 ゾロはわずかに身動ぎをしたが、声ひとつ上げはしなかった。
 それが余計に憎らしい。
 手をゆるめずに続けて包帯を巻く。
 ゾロは変わらず、声をあげない。
 ただ黙々と作業は続けられた。その間、誰もキッチンに来る者はなかった。
 包帯の端を丁寧に結んで、サンジは立ち上がった。
「終わったぞ」
「ありがとう」
 ゾロは足首を眇め、軽く動かしてからゆっくり立ち上がった。
「……コック」
「なんだ」
 汚れたタオルを拾っていたサンジが視線を上げる。
 ゾロはそれをすくい上げるように見つめて言った。
「そうしなくて済むように腕を上げる」
「…?」
 怪訝な顔をするサンジに、ゾロは薄く笑った。
「さっきの続きだ」
「…さっき?」
 あ。
『また、あんなことになったら躊躇わずに切り落とすが』?
 あれの、続き?
「………だから落とすなっての…」
 まったく分かっちゃいない。
 口の中でサンジはぼやく。
 当の本人は気付いているのかいないのか、ゆったりとした足取りで戸口へ向かった。
「おい、話済んでねぇぞ」
 非難の混じった声に、ゾロは首だけで振り返り、
「心配させて悪かったな」
 と言った。
「…だれがっ…!」
 頬を紅潮させて叫ぶサンジの姿に、ゾロは満足そうな笑みを浮かべ、律儀に戸を閉め出ていった。
「………調子に乗りやがって…ったく」
 サンジは苦々しげに呟いて、拾ったタオルを流しに投げた。



 -end.

 “血”では別ネタもあったのですが。まぁそれはいずれ別の機会に。
 蛇足ですが、リトルガーデン後ネタです。

  (2006.2.20)


    ▲page top