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××× 017 : 嫉妬 ×××


 あ。
 それに気付いたサンジは歩をゆるめた。
 顔は動かさず、目だけを右方向へ。
 緑の髪。不機嫌そうな顔。腰には三本の刀。
 ゾロ。
 その横に、立つのは見知らぬ女。
 客引きだろう。
 腰まで伸ばしたくすんだ金の髪に、真っ赤な唇。
 刻んだ笑みは、夜の花に相応しく艶やかだ。
 サンジは目立たぬようにするりと近くの壁際に身を寄せた。
 煙草に火を付けて、一息。
 反対の壁際を視界に入れる。
 女は上目遣いで、二言三言。
 対してゾロは、一言。
 女の唇が、くっきりと笑みを刻んだ。
 そして白い手を、ゾロの、肩に。
「……!」
 突如口に広がった苦味。
 思わず噛み締めていた煙草を路上に吐き捨てた。
 小さな火の粉が、足元に散る。
「やべ」
 慌てて靴底で始末して、顔を上げた。
 ふたりの姿は壁際から消えていた。



 表通りをずんずん進む。
 何も考えないように早足で。
 新たにくわえた煙草は火を付けぬまま。
 脳内の買い出しリストも吹っ飛ぶ勢いで、サンジは歩く。
「……?」
 不意に違和感を感じて、足を止めた。
 すぐ後ろを歩いていた男が背中にぶつかったが、気にもとめない。
 そんなサンジに、男は舌打ちを残して立ち去った。
「…人が増えてる…?」
 先ほどいた場所よりも確実に、人の密度が増していた。
 それでも、さほど歩きにくさを感じなかったのは何故だろうか。
 少し落ち着いて見回すと、疑問はあっさりと解けた。ほとんどの人が同じ方向を目指しているのだ。
「流れに逆らうのは面倒だな」
 急いで行くべき場所もなかったし、この先に何があるのか、少しばかり興味もあった。
「……だよ!」
 浮かれた声が、切れ切れに耳に入る。
「…急…!」
「……の祭」
 祭り?
 聞くともなく入ってくる言葉の断片で答えを知った途端、視界がひらけた。
 広場に出たのだ。
 あっという間に人波は思い思いの方向へ散った。
「こりゃあ…」
 サンジは思わず立ち尽くした。
 中央には大きな噴水。
 周囲は楽器を持った人々と、それを囲むように、リズムに乗って踊る人。
 所々に出店も見える。酒を手に、歌う者や手拍子を送る者もいる。
 島中の人が集まっているのではないだろうか。
「……とりあえず、何か食うか」
 サンジは屋台を物色しようと歩を進めた。
 ら。
 最も会いたくない男が。
 こちらに気付いて。
 視線が、合った。
 くわえたフィルターを噛み千切った瞬間、男は片眉を上げた。
 隣には金髪の美女。
 サンジは踵を返して、煙草を吐き捨てた。
 最悪だ。
 顔は上げずに、喉の奥で呻いた。
 こんなところから立ち去るべきだと思った。
 しかし、次から次へとやって来る人波が、行く手を阻んだ。
 ひょっとしたら、出口は別にあるのかもしれない。
 そう考えて上げた顔前に、緑の髪が飛び込んだ。その下の瞳は不機嫌そうだ。
「何やってんだお前」
 口から飛び出した声も、不機嫌を絵に描いたようだった。
「道にでも迷ったのか」
「お前じゃあるまいし」
 サンジがせせら笑うと、ゾロは眉を吊り上げた。
「オレがいつ迷ったっつんだ」
「いつもだろ」
「ケンカ売ってんのか?」
 じわりと燃える炭のように温度が上がったゾロの声を、サンジは鼻先で笑い飛ばした。
 そして、胸ポケットから煙草を取り出し、封を開いて角を叩いた。
 飛び出してきた数本を眺め、ゆっくり視線を上げて、
「やる気なら受けて立つぜ」
 と、言った。
 いつもなら、ここで胸倉をつかまれる。
 そのつもりでいたサンジにゾロは、
「…てめぇが売ってきてんだろうが」
 と、苛立ちと困惑を含んだ声で言った。
「……」
 ダメだ。
 サンジは手にした箱を握りつぶしていた。
「コック?」
「…」
 返事の代わりなのだろうか、つぶれた箱が乾いた音を立てて地面に落ちた。
「……」
 ゾロは、じっとサンジを見た。
 祭りの音楽が、遠く響く。
「………」
 ワンコーラスが終わっても、ふたりは微動だにしなかった。
 ゾロは諦めたように溜息をついて、落ちた箱を拾い上げた。
「コック」
 返事はない。
 ゾロは頓着せずに胸ポケットへ手を伸ばした。
 拾った箱を戻そうとしたその手を、サンジは鷲みにして問いかけた。
「お前、何でここにいる」
「…」
 ゾロは抵抗せず、無言でサンジを見つめた。
「何しにここへ来たかって聞いてんだ」
「…酒を飲みに来た」
 掴まれた手はそのままに、ゾロは続ける。
「祭りで、タダで酒が飲めるって聞いた。だから来た」
「それだけか」
「他に何がある?」
 額をぶつける手前の距離で動きを止めて、瞳を覗き込んだ。
「……」
 いつも通り静かな色。
 サンジは思わず視線を伏せた。
「何をそんなに疑ってるんだ」
 疑う?
 思わず手に力が入る。
 ゾロは気付かぬふりをして、続けた。
「それとも、おびえているのか」
 おびえる?
「おれが?」
「他に誰がいる」
「…」
 話の流れでいけばそうだが、承服しかねる言葉だ。
 無言で睨むサンジの様子に、ゾロは真顔で言った。
「なんっつぅか、懐かねぇ野生の動物みてぇだな」
「……そりゃ…」
 お前だろ、という言葉を飲み込んで、サンジはその場に座り込んだ。
 力が抜けてしまったのだ。自然、掴んでいた手首も解放していた。
「どうした」
「……」
「大丈夫か?」
「…………」
「気分でも、悪いのか」
「…ああ、悪いね」
 サンジは不敵な笑みを浮かべた。
「すごぶるわりぃ」
 なんだって、こんなことになっているのか。
 どうして、こんな気持ちになっているのか。
「気分わりぃ」
「………」
「すっげぇ悪い」
 サンジは吐き出すようにそう言うと、くわえたままの煙草に火をつけた。
「…意味が違う」
「あ?」
「なんでもねぇ」
 ゾロは手を振って、踵を返した。
 離れていく背中に向かってサンジは尋ねた。
「何処行くんだ」
「気分わりぃから飲み直す」
「あ?」
「飲み直すって言ったんだ。邪魔すんな」
「あーはいはい、いってらっしゃい」
 苛立ちのオーラをまとったゾロが出店へ向かう様子を見て、サンジはゆっくり紫煙を吐き出した。
 この煙草は美味いな、などと思いながら。微かな笑みを浮かべて。



 -end.


 自分でも分からない嫉妬。
 相手にも分からない嫉妬。
  (2005.6.22)


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