久しぶりに上陸した島は、春島。
うららかな風が渡る、のんびりした島だ。
買い出しを終えたサンジはシロツメクサの咲く河原を眺めて、紫煙を吐いた。
対岸で小さな少女たちが、手製の花冠を被って草むらに身を屈めている。
「何か捜し物かい、お嬢さん方?」
サンジが声を張り上げて問うと、
「そうよー」
「捜してるのー」
とあどけない声が返ってきた。
小さいレディたちが困っているのなら放っておけない。
煙草の火を消し、サンジは再び声を張り上げた。
「手伝いましょうかー?」
突然の申し出に、少女たちは驚いたように目をしばたたかせた。
「本当に?」
「お兄さんが?」
「手伝ってくれるの?」
次々と草むらから顔を上げる少女たちに、サンジはにっこり笑って言った。
「もちろんさ。困っているレディは放っておけませんから」
少女たちは互いに顔を見合わせて、声をあげて笑った。
「困ってはいないのー」
「捜してるだけなのー」
「お兄さんも捜すー?」
少女たちの答えに、サンジは首を傾げた。
「何を捜しているんです?」
気取った問いかけに、少女たちは一斉に答えた。
「奇跡の色って、何色だと思う?」
「は?」
ゾロは怪訝な顔をして器用に包丁を操るコックを見た。
手には酒瓶。
時は深夜。
船番のゾロが眠気覚ましに酒を取りに入ったキッチンで、サンジは明日の下拵えの最中だった。
「寝ぼけてんのか、お前」
「これが寝ぼけたコックの手さばきだと思うか?」
ほーれほれ、とサンジは見事な包丁さばきでジャガイモの皮を剥いて見せた。
「じゃ、本気で聞いてんのか」
「まーな。何色だと思う?」
ゾロはコルクを抜きながら、ほんの少しだけ考えた。
「青、なんだろ、お前の奇跡は」
オールブルー。
サンジの求める奇跡の海。その名の通り素晴らしい青色をしているのだろう。
そう答えたゾロに、サンジは首を振った。
「違うのか」
「まぁな」
そう言ってサンジは含み笑いをした。
「なんだ、気味悪ぃ」
ゾロは白い目を向けたが、サンジの笑いは止まらない。
「お前、酔ってんじゃねぇのか」
「一滴も飲んじゃいねぇよ。お前じゃあるまいし」
笑いを収めて答えるサンジに、ゾロは改めて尋ねた。
「で、何色なんだ」
「分からねぇ?」
サンジはにやりと笑って言う。
「…どうでもいい」
ゾロは呆れたように言うと、抜いたコルクをゴミ箱に放り込み、キッチンを出ていった。
「短気なヤツ」
サンジはつぶやいた。
言葉とは裏腹に、声には笑みを含んでいた。
「それはね、幸せのシンボルなんだって」
「持ってると奇跡が起こるんだって」
「ああ、有名な話だね」
サンジは微笑んだ。
「それって本当なの?」
「本当かどうか確かめるために捜してるの」
「見つけた人が幸せになれれば本当なの」
「だからお兄さんが見つけてもいいの」
「誰かが見つけることが肝心なの!」
口々に言うと少女たちは、じっとサンジを見つめた。
「お兄さん、捜してくれる?」
「それで見つけたら、幸せになれたか教えてくれる?」
サンジは、うーんと呻いて頭を掻いた。
「おれは旅の途中だからなぁ」
ええ〜、と少女たちは不満げな声をあげた。
「おれが見つけて、みんなにあげるんじゃダメなの?」
「だめー」
「見つけた人が幸せになるって話だからー」
「それじゃ分かんないのー!」
サンジは、どうしようかな、と地面に視線を落とした。
すると、シロツメクサの白と緑に埋もれてキラリと光るものを見つけた。
「あーおれ、見つけちゃった」
「ええっ?」
少女たちは対岸から駆けて来そうな勢いで立ち上がった。
慌ててサンジはそれを手で制した。
「違うよ。おれにとっての四つ葉みたいなもの」
首を傾げる少女たちに、静かにしていてくれるよう、指を唇に当てて合図する。
素直に息を詰める少女たちの前で、サンジは忍び足で歩を進めた。
「こんなところで寝てんじゃねーよ、クソマリモ」
輝くピアスをつま先で弄ぶ。
「……あ…?」
起きそうなそぶりを見せて、再び寝息を立て始めた男の脇に、サンジは腰を降ろした。
対岸の少女たちは、恐る恐るといった風情で様子を窺っている。
そんな彼女たちを安心させるように、サンジはにっこりと笑った。
「見た目は怖いが、おれにとっては四つ葉より貴重なヤツなんだ」
「えー?」
「えーと?」
サンジは人差し指を唇に当てた。
「ナイショだぜ?」
「ナイショ」
少女たちも真似をして、唇に指を当てた。
「おれと対等にヤり合えるヤツなんだ。そんなヤツに会えるなんて思ってなかったから」
「会えないと思ってたの」
「うん。でも会えた」
「うん」
少女たちの真っ直ぐな視線に少し照れながら、サンジは言った。
「それって奇跡だろ?」
少女たちは互いに顔を見合わせ、破顔した。
「おかあさん言ってた、人と会えるのって奇跡だって」
「たくさんの人はいるけれど、会える人って少しだけだって」
「だから友達は大事にしなさいって」
「じゃあ、じゃあさ」
興奮気味の少女に向かってサンジは首を傾げて先を促した。
「お兄さんと会えたのも、奇跡?」
なんて光栄な言葉だろう。サンジは笑顔で答えた。
「ああ、もちろん!」
けれど一番の奇跡は。
と、心の隅でつぶやいた。
「うーさみーさみーっ」
春島近辺とはいえ、夜は冷える。
サンジは身を縮こまらせながら、ジャケットを置いてきたことを後悔した。
「おーい、夜食ー」
船首近くで酒瓶に口を付けていたゾロが振り返る。
「夜食?」
「つぅか、つまみ」
ほれ、とサンジは皿を差し出した。
まだ湯気を立てている皿を手に取って、ゾロはその場に座り込んだ。
立ったままのサンジはゾロのつむじを見下ろした。
そして、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて。
隠し持っていたものを、緑の頭に載せた。
「お、似合うぞ」
「…なんじゃこりゃ」
「昼間、レディたちにもらった」
シロツメクサの冠。
冠は、一番の印。
「……」
怪訝な顔をするゾロの様子が可笑しくて、サンジは笑みをもらした。
「そんな顔すんな。緑色が映えてキレイだぞ?」
「バカにしてんのか?」
「いや全然」
悔しさに、嫌味ったらしい作り笑いを浮かべたサンジだったが、言葉にウソはひとつもない。
伝える気など、欠片もないけれど。
-end.