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03
「おっせーぞゾロ!」
「ほれほれ、主役は上座ー!」
ゾロは戸口に立つなり腕を取られ、一番奥に座らされた。
「サンジくん、火!」
「はいはいただ今〜」
テーブルの中央には丸いケーキ。
生クリームと砂糖菓子で綺麗に飾り付けられ、ロウソクも立っていた。
その一本一本に、サンジがマッチで火をつける。
微かに硫黄の匂いが漂った。
「さーって」
「ほんじゃま」
「せーの!」
戸惑うゾロへ、四人は声を揃えて言った。
「「「「ハッピーバースデーゾロ!」」」」
呆然とするゾロを、ウソップが突付いた。
「ほらゾロ! 火ぃ消せよ」
「じゃ、オレがやる!」
「アンタが消してどうするのよ!」
笑い声が満ちる。
ゾロも、つられて笑う。
こんな誕生日は久しぶりだ。
だがこれは…ゾロは顔をしかめて叫んだ。
「おい、それより酒寄こせ、酒!」
「主役の義務も果たさないようなヤツに飲ませるもんは、ないねぇ」
にやにや笑ってサンジが言う。
見透かされていたらしい。ゾロはますます、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「どうしても、やらなきゃダメか」
「だからおれがやるって!」
「あんたはいいの」
「年に一回しか出来ないんだぜ〜? ほらほら〜」
仕方ない。
ゾロは意を決し、深く息を吸い込んだ。
流れる水音と食器同士がぶつかる音。
波の音は遠く小さい。
ロウソクの火を吹き消すと同時に始まった時間が嘘のように静かだ。
ナミは『寝不足は美容の大敵』と部屋に戻り、食べ過ぎでダウンしたルフィを部屋に放り込んだウソップは見張りのために外に出て、それを機にサンジが後片付けを始めて。
ゾロはひとり、酒瓶を手に座ったままでいた。
酒の残りは、あとひとくち。
これを飲んだら部屋へ戻ろう。
そう思いつつ、それをただ眺めていた。
「飲まねぇの?」
水音が止んだ。
食器を洗い終わったサンジが振り返った。
「飲まねぇんなら片づけるぞ」
「これっぱかし、片付けたってしょうがねぇだろ」
「じゃあ飲んじまえよ」
「あー…」
珍しく煮え切らない声を出すゾロを見て、サンジは楽しげな笑みを浮かべた。
「勿体ねぇなあ、とか?」
からかいを含んだ声音に反論するかと思いきや、ゾロは意外にも
「…そうかもな」
と同意した。
「何、お前酔ってんの?」
「いや」
いーや酔ってるね、とサンジは心の中で突っ込む。
思考も動作も普段と変わらないくらいの酔いだろうが、それでもゾロは酔っている。
目の鋭さが、ほんの少しだけ和らいでいるのだ。
そんなこと口にしねぇけどな、と思いながらサンジはタバコに火を付けた。
「ふーん? ま、いいけど」
「…」
ゾロは酒瓶を目の高さまで上げて眺めた。ほんの一瞬。
そして、それを一息に飲んで言った。
「ありがとう」
「は?」
「あー…だから」
ゾロは手の酒瓶をテーブルに置いた。
「だから、今日のこと。話したの、お前だろう?」
今日のこと。
サンジは口の中で繰り返して。
ああ、とつぶやいた。
「確かに言ったな、今日はクソ剣士の誕生日ですよ。って」
「だから、ありがとう」
「どういたしまして」
「それから…悪かったな」
「…ああ」
気にすんな、とサンジは手を振った。
「よく考えたら、お前が自分から誕生日なんてもんを主張した方が気味悪ぃ」
大体こうして謝られているのだって、ヤリでも降るんじゃないかと思う事態なのだ。
「おれも大人げなかったし。それより」
サンジは言葉を切ってゾロを見た。
「それより?」
「おれ、お前にプレゼントなーんも渡してないんだぜ。気付いてるか?」
ゾロは怪訝な顔をした。
「ケーキ、お前が作ったんだろ」
「そりゃコックとして当然。誕生日の船員がいりゃ、メニューにケーキくらいつけるさ」
サンジは紫煙を吐き出した。
「お前、ルフィとウソップに何かもらったろ?」
唐突な話題転換にゾロは付いていけずに絶句した。
サンジはタバコをくわえたまま、口を尖らせた。
「え、もらってねぇの?」
「…いや、もらった」
「なんだ。で、中見たか?」
「ああ」
不揃いの銀杏を思い出してゾロは答えた。
「それを、好きなときに美味しく調理してやるよ」
「?」
驚いて見返すゾロから視線を逸らし、サンジは繰り返した。
「だから! 好きなときに料理してやるっつってんだ。茶碗蒸しでも網焼きでもおでんの具にでも、なんでもだ」
「…あ、ああ…」
一息にそれだけ言われたゾロは、言葉の意味を飲み込むのに少し、時間が要った。
茶碗蒸し。
網焼き。おでん。
全部、故郷の料理だ。
「…ああ」
全てを飲み込んだゾロの顔に、笑みが浮かんだ。
「ありがとう」
「…どういたしまして」
苦虫を噛み潰したようなサンジの声。
それが可笑しくて、ゾロは肩を揺らした。
「何がおかしいんだコラ」
「だって、お前…」
「しょうがねぇだろ! 時間も金もなかったんだから」
「いや、そうじゃなくて、それはおれも悪いんだし」
サンジがふてくされる様子はさらに笑いを誘ったが、それを必死に堪えてゾロは尋ねた。
「で、お前は?」
「何が」
ゾロはサンジの手から、指まで焼きそうな程短くなったタバコを奪いながら、もう一度尋ねた。
「お前の誕生日」
ゾロが流しにタバコを落とす。
それを見ながら、サンジは舌打ちをした。
「…すげーもん寄越すんなら、教えてやる」
「努力はする」
心の底から、ゾロはそう思った。
今までで一番、嬉しかった誕生日をくれた仲間に、それ以上の喜びを贈りたいと思ったから。