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××× 舞い散る金色、手には銀色。 ×××


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02




「まるでおれが悪いみたいじゃねぇか…!」
 サンジはタバコのフィルターを噛みしめながら、町の商店街を歩いていた。
「あんな逃げ出すみたいに! くっそ…」
 そう言って、腹立ち紛れに短くなったタバコを吐き出した。
「こうなったら、すっげぇモン食わせねぇと気が済まねぇ…!」
 店の軒先には、新鮮な海山の幸が並んでいる。
「くっそぉ…あいつの度肝を抜く献立、献立………」
 イライラとつぶやきながら、素材を手に考える。
「どうしたんだい兄さん、忘れ物かい?」
 と、愛想良く声をかけてきたのは先ほど立ち寄った露店のおばさんだ。
「いや、…ああ、そんなところかな」
 サンジは曖昧な笑みを浮かべて、慌ててその場を離れた。
 重要なことに気が付いたのだ。
「……金がねぇ…」
 先ほどの買い出しで食費はすべて、きれいに、有効に消費してしまったのだ。
 おかげで財布にもポケットにも、一ベリーたりとて残ってはいない。
「買い物出来ない、となると…」
 サンジは知恵を振り絞る。
 今ある食材で何か作るか。
 もしくは金を使わずに何か手に入れるか。
「うーん…」
 くわえたタバコのフィルターを噛みながら、サンジは道を歩く。
 と。
 はらり。
 顔の前を、何か舞い落ちた。
 見上げると、黄色い葉が広がって空を染めていた。
「……イチョウ…」
 はらり。はらり。
 ふたひらの葉が舞い落ちた頃、サンジの口に笑みが灯った。




 弱々しい秋の日差し。
 銀杏を集めて戻ると、大人達は集めた落ち葉で焚き火をしている。
 その中には、食べ頃になった焼き芋。
 全員にひとつずつ。それを頬張る。
 あんなに一生懸命集めた銀杏のことなど、この時には忘れている。
 焚き火のにおいと、ほろほろくずれる焼き芋の甘さ。
 一気に食べてむせたり。
 ゆっくり味わって食べるヤツがいたり。
 そうしている間に日は暮れて、晩ご飯が出来たという声がする。
 この日の夕食には、決まって茶碗蒸しが出た。
 中には、銀杏がひとつずつ。
 大人達には茶碗蒸しがないけれど、小皿に盛られた、殻を被ったままの銀杏。
 酒の肴にいいのだと、笑って殻をかみ砕いて、中味を取り出す。
「ずりぃ! おれももっと食いたい!」
 たくさん拾ったのは自分たちなのに、一個きりしか食べられないのはおかしいと思った。
「大人になったらな」
 酒を片手に、大人達は言う。
「子供は、あんまり食べちゃダメなんだ。残念だったな」
 そう言って、美味そうに食べている。
 大人になったら。
「…ずりぃよな…」
 さっきまでは、自分の手の中にあったのに…




 手の上に何かが乗っている。
 かさり。
 手だけではない。体を動かすと、乾いた音がする。
 かさり、かさり。
 体全体に、何かが乗っているようだ。
「……?」
「お、目ぇ覚ました」
 満面の笑みを浮かべたルフィがゾロの視界を覆った。
「よぉゾロ、おはよう」
「…おはよう」
 欠伸をしながらゾロは答える。
「お、起きたかゾロ」
 倉庫の扉が開いてウソップが顔を出した。
「お前、ほんっと目ぇ覚まさねぇよなー」
「…?」
 ゾロは頭をかきながら身を起こした。
 腕や胴から、乾いた音を立てて黄色い物が落ちる。
「……イチョウ?」
 黄色い扇形の葉。
 見ると腕や胴だけではなく、体中をまんべんなく覆っていた。
「ゾロ寒いんじゃないかと思ってさー」
 にっ、と歯を見せてルフィは笑った。布団代わりに載せたということらしい。
「どっちがのせた時に目ぇ覚ますかって競争だったんだけどなー」
 でもゾロ身動ぎもしねぇから勝負にならなかった、とウソップも笑った。
 嬉しげなふたりの顔に夕陽の紅色が落ちている。
「そうか」
 ゾロは立ち上がって、腕の葉を払い落とした。
 続いて胴。そして服に絡みついた葉屑を叩く。
 意外に繊維が細かく、ひとつひとつつまみ上げないと綺麗には取れない。
 諦めて顔を上げると、ルフィの真摯な眼差しとぶつかった。
「どうしたルフィ」
 一呼吸の沈黙。
 そして波音と同じくらいの大きさで、ルフィは言った。
「誕生日くらい、ちゃんと教えろ」
 と。
 一段と濃くなった紅い光がその輪郭を縁取っている。
「ルフィ?」
「仲間の誕生日は祝うもんだ」
 どうやらルフィは怒っているらしい。
 困惑しつつも顔色ひとつ変えないゾロに、ルフィは更に言葉を紡いだ。
「お前は仲間だろ」
「ああ」
「だったら、誕生日くらい教えろ」
 ルフィの視線は揺るがない。
 仲間の誕生日は祝うもの。だから誕生日は教えるもの。
 そういうことらしい。
「そうか。悪かった」
 途端、ルフィの空気が和らいだ。
「おお。気をつけろ」
 そう言って口の両端を持ち上げ、にんまりと笑う。
「ああ。気をつける」
 つられたようにゾロも微笑んだ。
「おし! じゃ、これやる!」
 ルフィがずいと、手を突きだした。
「?」
「誕生日プレゼントだ!」
「あ、それオレもだからな! おれとルフィの連名だ!」
 珍しく黙ってみていたウソップが、ここだけは譲れないとばかりに口を挟んだ。
「…あ、ありがとう」
 戸惑いながらそれを受け取った。
 さして大きくはない、白い袋。
 手触りからすると、小さく固いものがたくさん入っているようだ。
「開けてもいいか」
 ためらいがちにゾロは尋ねた。
 袋には、リボンどころか紐さえついていなかったのだが。
 ルフィとウソップは顔を見合わせてから、
「当たり前だろ」
「律儀だなーゾロは」
 と、笑顔で答えた。
 つられるようにゾロも顔をほころばせた。
 こんな気持ちになるのなら、誕生日も悪くない。
 そう思いながらゾロは袋を開けた。
「…これは…」
 白くて固い木の実。
 さっき、ルフィたちが投げて来たものの、中味。
「銀杏か」
 驚きを含んだゾロの声に、送り主ふたりは満足げな笑みを浮かべた。
「食えるんだろ?」
「ああ。ありがとう」
「いいってことよ!」
 笑みが満ちた甲板に、ふわりと暖かい匂いが漂ってきた。
「お?」
 匂いの元を捜すように、ルフィが顔を上げた。
 つられてゾロも顔を上げる。
 食堂の扉が少し開いていた。匂いはそこから漂ってくる。
 ルフィは犬のように鼻をひくつかせた。
「うまほーな匂い…」
 その言葉に呼ばれたように、開いた扉からナミが顔を出した。
「みんな、ご飯出来たってよ」
 一瞬にしてルフィとウソップの瞳が輝いた。
「うおぉお〜めっすぃー!」
「ナーイスタイミング!」
 飛んでいくふたりの背中を見ながら、ゾロはゆっくりと階段を上がる。
 しかし、最上段の一歩手前で、その足を止めた。
「…何の真似だ」
 優雅な曲線を描く、白い脚。
 それが行く手を遮るように立っていた。
 視線をあげると、つややかなオレンジ色の髪の下で輝く猫のような瞳とぶつかった。
 その背後でルフィとウソップが食堂に消えた。
「何の真似だと聞いている」
 ゾロの言葉に目を細めて、ナミは答えた。
「何が?」
 と。
 話にならない。
 ゾロは舌打ちをもらした。
「邪魔だ」
「ご飯の前に、言っておきたいことがあるの」
「何だ」
 ふわりと甘い香り。
 ゾロがそれを鼻腔に感じた次の瞬間。
「Happy Birthday」
 と、ささやくような声が耳に、柔らかいものが頬に。
 そっと触れて、離れた。
「…なっ…!」
「お金じゃ買えないプレゼント。感謝するように」
 絶句するゾロの前に指を突きだしてナミは続けた。
「ちなみに私の誕生日は七月三日。すっごい高価なプレゼントを期待してるから。
 間違っても売り飛ばせないプレゼントは、お断りよ」
 満足げな笑みを浮かべたナミは、スキップ混じりに食堂へ入っていった。
「……あの女……!」
 唇が触れた頬を擦りながら、ゾロは最後の段に足をかけた。



      → 03へつづく




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