01
海は凪。空は快晴。
コートなしに甲板に出たら凍えてしまうほど、気温は低い。
多分、冬島が近いのよ。と、ナミは言う。
「暦通りの季節ね」
暖まった食堂内。
気持ちよさそうに舟を漕いでいたゾロが顔を上げた。
「あ? 今、何月だ」
「あんた、そのうち寝ている間に冬越しちゃうわよ」
「おれは熊じゃねぇ」
眉間に皺を寄せて言ったゾロの言葉に、横から殺気立った声が割り込んだ。
「当たり前だ。熊だったらとっくにさばいて、ナミさんに美味しくいただいてもらってる」
物騒な発言の間も手を休めない勤勉なコックは、戸棚へ頭を突っ込んでいる。
「…」
いつもならここで一悶着起こすゾロとサンジだったが、今日は静かなままだった。
ゾロが眉間に皺を寄せたまま、口を歪めただけで済ませたからだ。
「……ここもか、クソ」
サンジは舌打ちして戸棚から頭を出し、今度は流しの下に潜り込んだ。
「あんのクソゴム…おれの完璧な計画を…!」
ナミの前だというのに、サンジが汚い言葉で不平を漏らし続けているのにはわけがある。
現在この船は、食料荒らし発生による食糧難に見舞われているのだ。
犯人が誰か、などは分かり切っているので問題ではない。
コックであるサンジは残りの食料と食べられそうなものを探して、船中ひっくり返しているのだ。
「で、今は何月だって?」
大変そうなコックを横目に、ゾロはもう一度ナミに尋ねた。
「今日から二月」
答えるナミは、記録中の航海日誌から顔も上げない。
「雪が降らないのは助かるけど、もう少し風が吹いてくれないとね」
帆船にとって風がないのは致命的だ。人力で漕ぎ進むにも限度がある。
それに、今は食糧難。余計なエネルギーは使わずにおきたい。
「ナミさん、今、『今日から二月』って言いました?」
ふらりと立ち上がったサンジが、暗い声で聞いてきた。
「そうよ?」
ずいぶん遅いタイミングで聞き返すものだ。
ゾロとナミは怪訝な顔になる。
「…まずい…ナミさん、次の寄港って…」
「早くて一週間後よ?」
これも朝、言ったはずだ。
ナミの声に不審な響きが混ざった。
「やっぱり間に合わない!」
間に合わない?
その言葉に、ナミも気がついた。
「ああ!」
「? 何の話だ」
ゾロは欠伸を噛み殺しながら聞いた。
「あのね…」
その時大きな音を立てて食堂の扉が開いた。
と、同時に鼻の頭を赤くしたルフィとウソップが飛び込んできた。
「ああ〜さっびぃ〜! おいサンジ! 何もひっかからねぇ! 無理!」
「もうエサもねぇし、諦めようぜ〜」
そう言ってふたりは、ちゃっかりストーブの前に陣取った。
「何言ってやがる! しっかりやれ!」
「もう無理〜」
ストーブに巻き付かんばかりのルフィの前に、ナミは座り込んだ。
「ねぇ〜ルフィ?」
「あ?」
「誕生日って言ったら、パーティーするものよねぇ?」
ナミの言葉にルフィは眉根を寄せて言う。
「当たり前だ! 誕生日っつったらパーティーでご馳走だ!」
「そのご馳走食べちゃったのは誰かしら?」
「ご馳走? おれが食ったのはただの肉…」
セリフが終わる前にナミはその口を鷲掴みにした。
「そ・れ・が! ご馳走の材料だっつーの!」
「むい…」
「あれ? 誰か誕生日だったか?」
ナミの凶行に顔を引きつらせながら、ウソップが首を傾げた。
すると横から、まめなコックが温かいお茶を突きだして言った。
「二月六日はロビンちゃんの誕生日、で、今日は二月一日だ」
「おめぇ良く覚えてるな」
「レディの誕生日を覚えるのは義務だ、義務」
大真面目にそう言うサンジに呆れつつ、ナミはルフィに向き直った。
「そのご馳走の材料を、あんたがぜーんぶ食べちゃったってわけ。分かった?」
「むぃ…わひゃったはは、はなへ…」
口を尖らせながらもナミは手を離す。
ようやくルフィは一息ついて、サンジから差し出されたお茶に口をつけた。
「で? 次の寄港が早くて一週間後だから、食料調達が間に合わねぇと」
一部始終を見守っていたゾロが、不本意そうに話を戻した。
「そーいうことだ」
ウソップとルフィから空になったカップを受け取ってサンジが言った。
「どーする船長?」
「どうもこうもねぇ! ご馳走を作れサンジ!」
「だから材料がねぇっつってんだろ!」
「じゃ、手に入れろ!」
「だから、頑張って魚釣れっつってんだよ!」
「おお、そうか!」
ポン、とルフィは手を打って、ウソップの首根っこを掴んだ。
「よし! 釣るぞ〜!」
「待て待て! だーからさっき釣れねぇって諦めたじゃんかよ!」
「ま、どっちにしろ釣れる確率は低いな」
タバコに火を付けながら、サンジが言った。
「弱気なセリフだな」
「んだとこら」
臨戦態勢になったゾロとサンジの間に、ナミは割って入った。
「はいはい、無駄な体力使わない。そういえば、ロビンは?」
「さっき下へ降りてったぜ。多分、女部屋」
「じゃあ、しばらく読書中よね。チョッパーは?」
「あ」
ルフィとウソップは顔を見合わせた。
「しまった、まだ釣りしてる!」
「呼んできなさい!」
ナミに言われるまでもない。ふたりは甲板に飛び出した。
「全員集めてどうする気だ?」
「そのどうするかを考えるのよ。まぁ現状は変わらないけどね」
ため息をつくナミの前に、サンジは湯気を立てるカップを置いた。
その背後では、やかんが湯気を吹いている。
→ 02へつづく