01
洞窟の中は足元までよく見えた。
時は真夜中。確か十六夜の月が出ていたな、とサンジは思い出す。
おそらく岩に、細かな穴が空いているのだろう。
そこから入った月光が岩肌の白色に反射して、内部を照らしているのだ。
「明るくて助かったぜ」
安堵の息と共に、サンジはつぶやいた。
灯りを持つ必要がないおかげで、ここまで無事に来られたのだ。
水に濡れた岩は滑りやすく、すぐに足元をすくう。
そして手に、抜き身の刀を持っているのだ。
そんな状態で灯りを持つのは無理な話というものだ。
「…これさえなけりゃ…」
サンジは忌々しげに、左手の刀を睨み付ける。
正確にいうなら、それは抜き身ではない。
白い布が刀身に巻いてある。
しかし鞘に収まっているわけではないから、物騒なものには違いない。
そう、これさえなければ、サンジは夜中に洞窟になど入らなかったのだ。
「あんのクソ剣士…」
歩を緩めることなく進みながら、サンジはひとり、毒づいた。
つい半日ほど前の。
嵐に見舞われたメリー号の甲板上で、サンジは予想外の横揺れに足を滑らせた。
やばい。
このままでは、海へ落ちる。
しかし周囲にすがる物は何もなく、体勢を立て直すのは無理だ。
「……畜生…!」
覚悟を決めたサンジの視界いっぱいに海面が広がった瞬間、背中を強烈な痛みが走った。
海に落ちたのとは違う衝撃。
…峰打ち!
刀が、サンジの背中を打って海面からすくい上げたのだ。
宙に舞い上がる数秒の間に状況を認識し、器用に身を翻して甲板に下りた。
そして即座に、振り返った。
けれど。
「……嘘だろ…」
そこには誰も、いなかった。
「………」
呆然と立ち尽くすサンジの頭上で、何かが光った。
それは、一振りの刀だった。
雷光を反射しながら、弧を描きつつ落ちてくる。
そして甲板に、突き刺さった。
まるで狙ったかのように、サンジの足元に。
「………剣士が刀手放してどうすんだ、バカ」
サンジは手を伸ばして、鍔から落ちる水滴を拭った。
これはあの剣士が持つ唯一の刀。
鷹の目との戦いで二振りを砕かれた三刀流の、最後の一振り。
あの戦いを共にした唯一の魂。
「丸腰の剣士なんて」
ぽつり、とサンジはつぶやく。
「ただの人、だろ…」
それは違う。
と心の隅から声がする。けれど、そんなのただの気休めだ。
いくら海賊狩りでも。
あの、鷹の目と対峙した男でも。
「サンジ!」
頭上から降ってきた声に、サンジは顔を上げた。
「ルフィ」
「サンジ、無事か!」
「ああ! けど…」
ゾロが。
と続けるサンジを、ルフィは遮った。
「悪ぃ。間に合わなかった」
それは静かな声だった。
きっとルフィは見てしまったのだ。ゾロが落ちる瞬間を。
「…………しょうがねぇさ」
サンジは微苦笑を浮かべて言った。他に何の言葉も浮かばなかった。
「ルフィ! サンジくん! 早く帆を!」
急かすようなナミの声が響いた。
「分かった!」
きっと他の船員も感じている。今の出来事を。
けれど誰も口にはしない。
今は、嵐を乗り切ること。それが先決。
「了解ナミさん!」
サンジは刀をキッチンへ放り込み、航海士の指示に奔走した。
「……にしたって、自分の足場を確認してから人を助けろっつーの…」
サンジは歩を止め、岩肌に寄りかかった。
ポケットから時計を取り出し、時間を確認しておおよその歩行距離を計算する。
「そろそろ島の反対側に出るはず、なんだがな」
一息ついでに、タバコを取り出し火を点けた。
ゆらりと紫煙が立ちのぼる。
「大体、クソ迷子がうろうろするから…!」
サンジはフィルターを噛み切りそうになり、慌ててタバコを口から離す。
深く吸った煙と共に、この苛立ちも吐き出せれば良いのにな。
溜息を吐いて、サンジは再び歩き出した。
嵐をやり過ごしたメリー号は日没前に、とある無人島に停泊した。
あの地点から漂着するなら、この島だとナミが断言したからだ。
「時間が勿体ないから、サンジくんだけで捜しに行って」
「どうして」
「船の修理もあるし。この浜辺にいるはずだから」
キッチンテーブルの上に広げた地図は、この島のもの。
ナミはその上に指を滑らせる。
「今、メリー号はここね。で、この辺りに流れ着いているはず」
サンジは風向きに気を付けながら、紫煙を吐き出した。
「あいつが動いてなきゃ良いけどな」
「あ、あり得るな」
湯気の立つカップを手に、ウソップが同意する。
するとルフィが楽しそうな笑い声を上げていった。
「そんで迷子になってんだよな、ゾロは!」
「だよな!」
すると地図を畳んでいたナミが顔をあげ、サンジに微笑んだ。
「その時は、捜してきてね」
「えぇーおれも冒険してぇ!」
「冒険じゃないっつの!」
「おめぇまで帰ってこなさそうだよな…」
冒険冒険! と騒ぎ立てる船長をなだめる仲間を後目に、サンジは宙を仰いだ。
無事に合流できるわけがない、と思いながら。
そしてありがたくないことに、全くその通りだったのだ。
ナミの指示した浜辺へ行ったサンジは、見覚えのある靴を片方、発見した。
もう片方は海中で脱げたかしたのだろう。
それで、片方だけ履いていても仕方ないと、脱ぎ捨てたのだと思われた。
「何でじっとしてねぇんだ、あの野郎」
そこから伸びる裸足の足跡は、真っ直ぐ洞窟へ向かっていた。
月明かりだけでどうして動くのか。
しかも、丸腰で。
サンジは手にした刀を睨み付けた。
これさえ、ここになければ。
なければ?
「…しょうがねぇな」
舌打ち混じりにつぶやいて、サンジは足跡を追って洞窟に入った。
→ 02へつづく