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××× 明け色の、火を。 ×××


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02




 内部は一本道。この先にいることは間違いない。
 しかし、それでも不安があった。
 あの靴がアイツのだ、なんて思いこみだったりしないか。とか。
 途中から別人の足跡を辿ったりしていないか、とか。
 最悪この先で力尽き………
「だー! んなわきゃねぇっつの!」
 考えを追い払うように、サンジは頭を振った。
 余計なことを考えるな。
 今はここを歩くことだけを。
 景気づけに思いきり腕を振り上げた。
 カチン。
 手の刀が、何かにぶつかった。
「…行き止まり?」
 前方に、岩壁。
 ぐるりと見回したが、何処にも隙間はない。袋小路だ。
 そんなバカな。
 誰とも、すれ違わなかったのに。
「……夜明け…?」
 白いはずの岩肌が、ほんのり色づいている。
 夜明けの色に。微かに朱を含んだ藍色に。
 その光は何処から入ってきたのだろう。
「………」
 ひとまず、タバコをくわえて火を点けた。
 ゆらり、紫煙が宙を泳ぐ。
「…なるほどな」
 無軌道に見えた紫煙だったが、火が安定するにつれ一定の方向へ流れ出した。
 風があるのだ。
 サンジは風上へ目を向けた。
 前方の壁、身長の倍ほどの高さに足場があるようだ。
 軽く助走して、跳躍。ひらりとそこに着地した。
 さほど広くはない。小型の釣り船ほど面積だ。
 その隅に、人ひとり通れるほどの穴が開いていた。
 タバコの火を消してから、外へ出た。
 ひんやりとした新鮮な空気が肺を洗う。
 眼下には海と砂浜。渡る風と波の音。
 そのすべてが、一色に染まっていた。
 他の色を知らぬように。
 夜明け間近の一色。
 サンジは全てを忘れて立ち尽くした。
 無人島でしか見られない景色だ。
 人の手が入らない土地にしかない色。そして空気。
 作為のない場所。自然のものしか存在しない島。
 その証拠に、人の気配はなにもない。
「……人の気配がない…?」
 急に、サンジは思いだした。
 自分は、あいつを捜しに来たのだ。
 サンジは砂浜を見下ろした。
 右に左に。目を皿のようにし、サンジは浜辺を睨み付けた。
「……………………………いた……」
 遠く、水平線を見ている。
 シャツを脱いで、胸の傷を晒して。
 足首を、海水に浸して。
 静かに浜辺に立っていた。
 身動ぎもせず。
 瞬きすら、していないかのように。
 そこは、無音の世界だった。
 人の気配どころか、生きた物の気配もない。
 敢えていうなら、海や空や砂浜や。
 そんなものたちと同じ気配。
 サンジは昔見た宗教画を思い出した。
 天使や聖母がかかれた絵で、まったく似てはいないというのに。
「……だっつんだよ……」
 鷹の目と対峙した時のあの気配と。
 今の、これと。
「……………ざけんな…」
 違いすぎる。
 どちらが本当か、なんて問いは愚問過ぎる。おそらくどちらも本当だ。
 そうではなくて。
「………」
 どうして動こうとしないのか。
 そんな静かな世界に居続けたいのか?
「…おまえが…」
 そんなはずはない。そんなの許さない。
「おまえあんなもんみせといて…」
 拳を握って、刀を握って、サンジは。
「…逃げる気か」
 浜辺へ、滑り降りながら。
 声を張り上げて、叫んだ。
「ゾロ!」
 その時。
 水平線から、一筋の光。
 日の出。
 一瞬で、世界が色付く。
 緑の髪が。胸の傷が。
 そして瞳が揺れて。
 真っ直ぐに、サンジを射抜いた。
「………コック?」
「おう」
 靴が濡れるのも構わずに、サンジはゾロの正面に立った。
 太陽の光が、ゾロの髪から滴る水滴を光らせた。
「…あほじゃねぇの、お前」
「………」
 ゾロが黙っているのを良いことに、サンジは悪態を叩き付けた。
「てめぇ犠牲にしてまで他人助けるなっつの。そんで刀手放してどうする気だったんだ、丸腰の剣士なんてシャレになんねぇだろうがバカ、あ?」
「んだと…っ」
 開きかけたゾロの口を押さえ込むように、サンジは左手を突きだした。
「手放したりするんじゃねぇよ」
 一息で布を解く。
 滑らかな刀身が姿を見せて、朝日を跳ね返した。
「…持ってきてくれたのか」
 当たり前だろう、とか、剣士の魂だろう手放すなバカ、とか。
 そんな言葉がサンジの脳に浮かんだが、結局どれも言えずに口をつぐんだ。
「……」
 ゾロは柄に手をかけ、目を伏せた。
 そして、口元だけで、ふっと笑って、
「ありがとう」
 と言った。
「…ああ」
 サンジは視線を海へと逸らす。
 足を撫でる波の冷たさが、心地良かった。
 ゾロは刀を眺め、満足したように鞘に収めた。
「じゃ、帰るか」
 いつも通りの剣士に、サンジはわざと意地の悪い笑みを浮かべて尋ねた。
「お前、船の場所分かるのか?」
 ゾロは当たり前のような顔をして答えた。
「あっちだろ」
「違げぇよ、ばか。こっち」
 先導しようと、サンジはゾロの腕を掴む。
「引っ張んな。口で言われりゃ分かる」
「どうだかね。…つーか、お前シャツは」
 濡れた素肌の感触に、サンジは顔をしかめた。
 ゾロは、ちょっと考えて、
「……捨てた?」
 と言った。
「………なんで疑問系」
「じゃあ捨てた」
 真面目なのか違うのか。
 なんとも読みがたい表情で即答するゾロに、サンジは呆れた声を出す。
「…どっちでもいいや」
「じゃあ聞くな」
 いつも通りの応酬に、サンジは安堵の息をもらす。
「………ほんっとお前は、しょうがねぇなあ」
「んだそりゃ」
 ゾロはサンジを睨み付けた。
 しかし、予想と裏腹に、微笑を浮かべたサンジは、
「これ。着てろ」
 と、刀を包んでいた布を突きだした。
「……」
 それは、着古した白いシャツだった。
「お前のか?」
「ああ。新品じゃねぇから返さなくてもいいぜ」
「…気の利くヤツ」
 ゾロのつぶやきは波の音に紛れ、サンジの耳には届かなかった。
「何か言ったか?」
「いや。…ありがとう」
「どういたしまして」
 ゾロは口元に笑みを浮かべ、シャツを羽織った。
「…小せぇな」
 ゾロの指がシャツのボタンから離れた。
 どうやら一回りほどサイズが小さいらしい。
 肩周りも窮屈そうだ。
「おめぇがデカイんだろ、筋肉ダルマ」
「んだとコラ」
「いいから行くぞ、ついて来い」
「オレに命令すんな」
「あーはいはいおおせのままにー」
 いつも通りのやりとりに、サンジはくすりと笑みをこぼす。
「…バカにしてんのか」
「いや、これっぽっちも?」
 そういえば、礼を言うのを忘れたな。
 頭の隅で、サンジは思い出す。
 助けてくれて、ありがとう。
「…んなこと、言えるか」
「何か言ったか?」
「いんや、何でもねぇ」
 誤魔化すサンジを疑いもせず、ゾロはおとなしく隣を歩く。
 輝く波の向こうでは、見事な日の出が終わろうとしている。
 それを眺めるふりをして、サンジはゾロの横顔を盗み見た。
「…勝ち逃げなんか、許さねぇ」
「? なんだ?」
「なんでもねぇ」
「……?」
 ひらひらと手を振りながら、サンジは思う。
 いつか。
 いつか、全ての借りを返して、そして。
「…ま、そのうち、すぐにな」
 何も知らないゾロの向こうで、太陽が輝き始める。
 夜明けの色が嘘のような白い光を放って。
 あの色を、サンジは一生忘れないと思った。
 自分に火をつけたあの明け色と、それに染まった世界の静けさを。


 -end.


 激しく時間がかかった…。。。
 “明け色”は造語ですよ?
  (2005.9.7)


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