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××× 026 : いただきます ×××


       ※ “027:ごちそうさま”の続きです。







 痛い。
 物理的に、ではなくて。
「……痛ぇんだけど」
 背後から指してくる視線が。
 容赦なく、遠慮なく後頭部に突き刺さる。
 おかげで、ものすごく落ち着かない。
「気にすんな」
 しかし、視線の主は平静に答えたまま微動だにしない。
 朝食を終えた、塵ひとつ落ちていないテーブルに、肘を付いたままの姿勢で視線もそのままで。
「……なんか用事なんでしょうかクソ剣士さま?」
 と、嫌味を交えた口調で問うてみても、
「だから気にすんなっつの」
 と、取りつく島もない。
「………まだ腹減ってる、とか」
 だったら良いのに、と思いながら口にした言葉は、
「…本気で聞いてんのか?」
 と、呆れた声で返される始末。
 ここはおとなしく、気にしないように作業を進めて終えるしかない。
 サンジは諦めて手先に集中しようとする。
 多分。
 ゾロは、朝食前の浴室でのことを考えている。
 あの行動の、意図を知ろうとしている。
「……………………」
 くわえタバコの紫煙を眺め、サンジは思い出す。
 水に濡れて眠るゾロを。
 湯船で、無防備に。
 それを見たら。
 指で舌でなぞって触って。
 起こしたいと思って。
 熱くしたいと思って。
 そして。
 ………………
「コック?」
 突如声が響いたのと、手元で乾いた音がしたのはほとんど同時。
「何やってんだ」
 溜息と共に、ゾロが隣に立つ。
「こんな調子じゃ、いつ終わるかわかんねぇな」
 サンジの手から落ちた食器を拾い上げ、ヒビが入っていないか確かめて。
「大丈夫そうだな」
 軽くすすいで、布巾で拭いて脇に置いた。
「おい」
 ゾロが指をくい、と曲げる。
「ああ」
 流しの皿をすすいで、その手に渡す。
 ゾロは意外に手際よく、それを拭いて積み上げる。
 ただ、黙々と。
 水音と食器のぶつかる音が、部屋を満たす。
「…これで全部か」
「ああ」
 ひとりでやるには大仕事でも、ふたりでやれば簡単に終わる。
 時間でいうなら単純に半分。
 サンジは最後に流しを濯ぎ、蛇口を締めた。
「何処に片づける」
「いや、後はいい」
 布で拭いただけでは完全に水分は飛ばないので、しばらく出しておくつもりだったのだ。
「じゃ、ちょっと話、いいか」
 問いには答えず目を伏せて、新しいタバコを取り出した。
 意識して指に力を入れて。
 手が、震えてしまいそうだったから、いつもよりも深く口に差し込んで。
 たっぷり深く、煙を吸い込む。
 これは単なる一時しのぎ。
 分かっていたが、そうせずにはいられなった。
 ゾロが間に耐えきれなくなる寸前、サンジは紫煙と共に静かに言葉を吐きだした。
「…今朝のことか」
「ああ」
 ゾロは、ひたと視線を合わせる。
「あれは単に欲求不満だったのか、それとも」
「身も蓋もねぇ言い方」
 サンジは嘲笑めいた声で遮った。
「誤魔化すな」
「誤魔化してなんかねぇよ」
「じゃあ、なんで最後まで言わせない」
 それは、
 と、言いかけてサンジは口をつぐむ。
 何と口にするべきなのだろう。
 何を言えば良いのだろう。
 考えあぐねるサンジの様子に、ゾロは溜息をついた。
「難しく考えんな」
「お前が欲求不満だったのかっつったんだろうが」
「イエスノーで答えなくても良いから、思ったことを言ってみろ」
「………」
 思ったこと。
「今朝」
「今朝?」
 ゾロは律儀に繰り返した。
 その様子が微笑ましくも可笑しくて、サンジは少し笑った。
 笑ったせいか、その先はあっさり言葉になった。
「したいと思った」
「は」
 短くなったタバコを流しで消して、サンジはゾロの顔を見た。
「湯船で寝ているお前を見たら、お前としたくなった」
 困惑の色を浮かべて、ゾロは目を逸らす。
 そこに、サンジは畳みかけるように言った。
「どうしてだろうな?」
 ゾロは目を伏せたまま、手近なイスを引き寄せた。
「……おれは、それを知りてぇんだ」
「おれも知りたい」
 イスの背もたれに手を置いたまま、ゾロは真摯な眼差しを上げた。
「本当か?」
 その眼差しと言葉は、朝日にも似た清浄さな光を宿していた。
 嘘という汚れは全て砕かれる。そんな光。
 いい加減な答えは出来ない。
 サンジはゆっくりと息を吐き出した。
 自分の中の、余計なものを吐き出すように。
 そして最後に残るものを、見極めるように。
 目を閉じて。
 心の奥に、残ったものを慎重に覗く。
 ああ、やっぱり。
 でも。
 確証が、欲しい。
 だからほんのちょっとだけ、嘘を。
 嘘とも言えないような嘘を、吐こう。
 サンジは目を開けて、ゾロの瞳を見て答えた。
「ああ、おれも知りたい」
 心の中で、サンジは薄く笑う。
 答えの検討はついているけれど。
 ゾロは、きっと都合の良い勘違いをしてくれる。
「……じゃあ」
 表情を崩さずに、ゾロはゆっくりと口を動かす。
「じゃあ、試してみるか」
 意外な言葉に、サンジは思わず問い返した。
「試す?」
 ゾロは背もたれを前にしてイスに腰掛け、サンジを見上げた。
「今朝とおんなじことを」
「するのか?」
「できねぇのか?」
 なら、あれはヤりたかっただけだな。
 ゾロの瞳は言外に、そう語っていた。
「……短絡的だな」
「そうか?」
 だが、ゾロらしい。
 今すぐはっきりさせたがる、というところも。
「じゃ、いいんだな」
「何が」
「キスしても」
「そう言ってる」
 サンジの心臓が、高く、跳ねた。
 ああ、今朝と同じ。いや、それ以上の。
 強い刺激。
 震える前に、イスの背もたれに手を置いて身を屈める。
「…それじゃ」
 顔を傾けて。
 切れそうな心の糸を、必死に捕まえて。
「………いただきます」
 そうつぶやいたら、ゾロの眉間に皺が寄った。
 慌てて距離を置いたら、ゾロは目を逸らしてこう言った。
「……黙って食え」
 やばい。
 サンジは思わず、緑の頭を抱え込んだ。
「…コック?」
 呼ぶ声が振動となって、サンジの脳を突き抜けた。
「なあ、ゾロ」
 サンジは手に力を込めて問う。
「お前は、おれの事好き?」
 ゾロは呆れたように溜息をついた。
「本当は、試さなくても分かってたんだろ」
 サンジは何も答えられずに目を閉じた。




 -end.

 だー!
 思ったより手間取った。
 思ったより甘々だ。
 書いた私が一番びっくりだ。
  (2005.11.4)


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