※ “027:ごちそうさま”の続きです。
痛い。
物理的に、ではなくて。
「……痛ぇんだけど」
背後から指してくる視線が。
容赦なく、遠慮なく後頭部に突き刺さる。
おかげで、ものすごく落ち着かない。
「気にすんな」
しかし、視線の主は平静に答えたまま微動だにしない。
朝食を終えた、塵ひとつ落ちていないテーブルに、肘を付いたままの姿勢で視線もそのままで。
「……なんか用事なんでしょうかクソ剣士さま?」
と、嫌味を交えた口調で問うてみても、
「だから気にすんなっつの」
と、取りつく島もない。
「………まだ腹減ってる、とか」
だったら良いのに、と思いながら口にした言葉は、
「…本気で聞いてんのか?」
と、呆れた声で返される始末。
ここはおとなしく、気にしないように作業を進めて終えるしかない。
サンジは諦めて手先に集中しようとする。
多分。
ゾロは、朝食前の浴室でのことを考えている。
あの行動の、意図を知ろうとしている。
「……………………」
くわえタバコの紫煙を眺め、サンジは思い出す。
水に濡れて眠るゾロを。
湯船で、無防備に。
それを見たら。
指で舌でなぞって触って。
起こしたいと思って。
熱くしたいと思って。
そして。
………………
「コック?」
突如声が響いたのと、手元で乾いた音がしたのはほとんど同時。
「何やってんだ」
溜息と共に、ゾロが隣に立つ。
「こんな調子じゃ、いつ終わるかわかんねぇな」
サンジの手から落ちた食器を拾い上げ、ヒビが入っていないか確かめて。
「大丈夫そうだな」
軽くすすいで、布巾で拭いて脇に置いた。
「おい」
ゾロが指をくい、と曲げる。
「ああ」
流しの皿をすすいで、その手に渡す。
ゾロは意外に手際よく、それを拭いて積み上げる。
ただ、黙々と。
水音と食器のぶつかる音が、部屋を満たす。
「…これで全部か」
「ああ」
ひとりでやるには大仕事でも、ふたりでやれば簡単に終わる。
時間でいうなら単純に半分。
サンジは最後に流しを濯ぎ、蛇口を締めた。
「何処に片づける」
「いや、後はいい」
布で拭いただけでは完全に水分は飛ばないので、しばらく出しておくつもりだったのだ。
「じゃ、ちょっと話、いいか」
問いには答えず目を伏せて、新しいタバコを取り出した。
意識して指に力を入れて。
手が、震えてしまいそうだったから、いつもよりも深く口に差し込んで。
たっぷり深く、煙を吸い込む。
これは単なる一時しのぎ。
分かっていたが、そうせずにはいられなった。
ゾロが間に耐えきれなくなる寸前、サンジは紫煙と共に静かに言葉を吐きだした。
「…今朝のことか」
「ああ」
ゾロは、ひたと視線を合わせる。
「あれは単に欲求不満だったのか、それとも」
「身も蓋もねぇ言い方」
サンジは嘲笑めいた声で遮った。
「誤魔化すな」
「誤魔化してなんかねぇよ」
「じゃあ、なんで最後まで言わせない」
それは、
と、言いかけてサンジは口をつぐむ。
何と口にするべきなのだろう。
何を言えば良いのだろう。
考えあぐねるサンジの様子に、ゾロは溜息をついた。
「難しく考えんな」
「お前が欲求不満だったのかっつったんだろうが」
「イエスノーで答えなくても良いから、思ったことを言ってみろ」
「………」
思ったこと。
「今朝」
「今朝?」
ゾロは律儀に繰り返した。
その様子が微笑ましくも可笑しくて、サンジは少し笑った。
笑ったせいか、その先はあっさり言葉になった。
「したいと思った」
「は」
短くなったタバコを流しで消して、サンジはゾロの顔を見た。
「湯船で寝ているお前を見たら、お前としたくなった」
困惑の色を浮かべて、ゾロは目を逸らす。
そこに、サンジは畳みかけるように言った。
「どうしてだろうな?」
ゾロは目を伏せたまま、手近なイスを引き寄せた。
「……おれは、それを知りてぇんだ」
「おれも知りたい」
イスの背もたれに手を置いたまま、ゾロは真摯な眼差しを上げた。
「本当か?」
その眼差しと言葉は、朝日にも似た清浄さな光を宿していた。
嘘という汚れは全て砕かれる。そんな光。
いい加減な答えは出来ない。
サンジはゆっくりと息を吐き出した。
自分の中の、余計なものを吐き出すように。
そして最後に残るものを、見極めるように。
目を閉じて。
心の奥に、残ったものを慎重に覗く。
ああ、やっぱり。
でも。
確証が、欲しい。
だからほんのちょっとだけ、嘘を。
嘘とも言えないような嘘を、吐こう。
サンジは目を開けて、ゾロの瞳を見て答えた。
「ああ、おれも知りたい」
心の中で、サンジは薄く笑う。
答えの検討はついているけれど。
ゾロは、きっと都合の良い勘違いをしてくれる。
「……じゃあ」
表情を崩さずに、ゾロはゆっくりと口を動かす。
「じゃあ、試してみるか」
意外な言葉に、サンジは思わず問い返した。
「試す?」
ゾロは背もたれを前にしてイスに腰掛け、サンジを見上げた。
「今朝とおんなじことを」
「するのか?」
「できねぇのか?」
なら、あれはヤりたかっただけだな。
ゾロの瞳は言外に、そう語っていた。
「……短絡的だな」
「そうか?」
だが、ゾロらしい。
今すぐはっきりさせたがる、というところも。
「じゃ、いいんだな」
「何が」
「キスしても」
「そう言ってる」
サンジの心臓が、高く、跳ねた。
ああ、今朝と同じ。いや、それ以上の。
強い刺激。
震える前に、イスの背もたれに手を置いて身を屈める。
「…それじゃ」
顔を傾けて。
切れそうな心の糸を、必死に捕まえて。
「………いただきます」
そうつぶやいたら、ゾロの眉間に皺が寄った。
慌てて距離を置いたら、ゾロは目を逸らしてこう言った。
「……黙って食え」
やばい。
サンジは思わず、緑の頭を抱え込んだ。
「…コック?」
呼ぶ声が振動となって、サンジの脳を突き抜けた。
「なあ、ゾロ」
サンジは手に力を込めて問う。
「お前は、おれの事好き?」
ゾロは呆れたように溜息をついた。
「本当は、試さなくても分かってたんだろ」
サンジは何も答えられずに目を閉じた。
-end.