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××× 027 : ごちそうさま ×××


       ※ 時間的には“052:フレンチトースト”の続きにあたりますが、読まずとも平気。







 五分後。
 確かにそう言ったよな、とサンジは思い出す。
 コックの意地にかけて出来たてを食べさせようと、まだ火にかけていないフレンチトーストを前にして。
 嵐の中を一晩歩き続けたゾロをシャワーに追い立てながら言ったはずだ。確かに。
 濡れたまま食事なんかするもんじゃないと思ったのと、空腹な人間をそれ以上待たせる気にはなれなかったから。
 壁の時計を見直す。どう見ても、ゆうに三十分は経っている。
「…まさか、迷ったんじゃあ、ねぇだろうな…」
 くわえたタバコのフィルターを噛みながら、充分あり得るとサンジは思う。
 旅に出て、自分の故郷にすら帰れなくなった男だ。
 メリー号の中で迷わないのが不思議なくらいなヤツだ。
 初めて泊まった宿の中で迷うなんて、それこそ朝飯前だ。
 どうしたものかとタバコを燻らせる。
 朝食の下拵えは全て完了。あとは全員、起きてくるのを待つばかり。
 そんな微妙な時間。
「……………部屋、行ってみっか」
 タバコを灰皿に押しつけて、サンジはキッチンを出て階段を昇る。
 この宿屋は三階建て。
 一階は酒場兼キッチン、二階は客室、三階は主人夫妻のプライベートルームという造りだ。
 客室は四部屋あり、四人部屋がふたつ、残り二部屋が二人部屋。
 四人部屋に男たち、二人部屋に女性陣。これで二階の半分。残り半分は空室。
 つまり現在、麦わらの一味の貸し切り状態。
 間違えて他の部屋に入っても、他人に迷惑をかけることはないはずだ。
「…三階に行っちまってたら、その限りじゃねぇが…」
 つぶやきながら、まず男部屋へ。
「おお、朝飯出来たのか?」
 既に目を覚ましていたルフィが朝に相応しい笑顔を向けてきた。
「準備は出来てる」
「そーか! 下だな!」
 ルフィはサンジを押し退け、部屋を出ようとした。
 その肩を、サンジは捕らえて尋ねた。
「おい、マリモは?」
「? ゾロ?」
「帰ってねぇのか?」
「んん? ウソップ見たか?」
 ベッドの脇でシャツを着ていたウソップが顔を上げた。
「いや。どっか迷ってるんじゃねーの?」
「そうか」
 ということは、空き部屋にいるのだろうか。
「だーいじょうぶだって、ゾロだもんな!」
「おまえのその自信は何処から来るんだ」
「何処って言われてもなー?」
 首を傾げながらもルフィはスタスタ部屋を出る。
「ま、メシ食ったら分かるだろ」
「おおいルフィ! 待てって!」
 最後のボタンを止め終えて、ウソップは慌てて後を追う。
「全部食っちまう気だろ! 待てよルフィ!」
 サンジも慌てて廊下へ出て女部屋をノックした。
「ナミさん! 起きてる?」
「なぁに? うるさいわねぇ」
 勢い良く開いた扉から、ナミが顔を出した。
 顔を洗っていたところらしく、前髪が少し濡れていた。
「ああ! 今日もナミさんは-」
「はいはいキレイなのは知ってるから用件は?」
 賞賛の言葉を遮られたサンジは、不満げに口を尖らせた。
「あー…朝食の準備が出来たんだけど、ルフィが…」
「それを早く言ってよ! ちょっとルフィ!」
 全てを言い終える前に状況を察したナミは、あっという間に階下へ走っていった。
「あー…」
 ゾロを知らない? と聞く方が先だっただろうか。
「……ま、女部屋にはいないだろうな」
 もしゾロが扉を開けていたら、その時点でナミの大声が響き渡っただろう。
 そう考えたサンジは隣の部屋を覗いた。
 二人部屋の方の、空室。
 しかし、誰もいない。
 四人部屋の方か、と扉を閉めかけたサンジだったが、バスルームに妙な空気を感じて止まった。
「…?」
 この宿は全ての部屋に小さいユニットバスとトイレが付いている。
 勿論シャワーも付いている。時間に関係なくお湯も出る。
 そのドアの隙間から、光が漏れていた。
「………ゾロ?」
 返事はない。
 ドアを少し、開ける。
 微かに滴の垂れる音。
「………あー」
 予想通りと言うべきか。
 狭いユニットバスに体を押し込めたような恰好で、緑頭の剣士は眠りこけていた。
「おーい、マリモー」
 シャワーのコックをきちんと締めて、サンジはゾロに呼びかける。
「おい、朝だぞー…つか、腹減ってんだろーが、あ?」
 徐々に大声になっていったが、やはり変化はない。
 珍しく、いびきもかかずに眠り続けている。
 ずぶ濡れの髪から滴る滴。半分開いた唇は水滴に濡れて。
「おいクソ剣士! このままじゃ食いっぱぐれるぞ!」
 濡れた唇を見ないように、サンジはつむじを睨み付け。
 仕方なしに、横の壁に蹴りを一発。
 そして、脅迫。
「いい加減起きねぇと」
 サンジの心臓が、ひとつ、強く跳ねる。
「キス、するぞこら」
 しかし、何の変化もない。
 熟睡しきっているようだ。
「…すんげーのすっぞ、舌突っ込むぞ、こら」
 すっかり冷めたシャワーの滴に濡れた顎を、ぐいと掴んで上を向かせる。
 強くなる口調に合わせるように、鼓動も強く早くなる。
「いーのか? あ?」
 浴槽の中の身体が身動ぎした、ような気がしたが気付かぬふりをして。
 唇を、重ねた。
 冷え切った水滴がサンジの唇を冷やす。
 それを吸い取るように、軽くついばんだ。
 冷たくて、柔らかい。
 筋肉バカでも唇は柔らかいんだな。
 そんな考えに笑みを浮かべて、ゆるりと舌を口内へ。
 侵入させる。
「……っ…?」
 今度は間違いなく、身動ぎをした。
 手が宙を泳ぐ。
 サンジはそれを押さえ込み、にやりと笑ったが唇は離さずに。
 そのまま歯列をなぞる。舌で、じっくりと。
「…………あ…」
 白かった頬に、赤みが差した。
 互いの口の隙間から漏れる息が、熱い。
「…ふ……」
 潮時かな。
 サンジは最後に音を立てて吸い上げると、ゆっくり離れた。
 透明な糸が垂れて、落ちた。
「目ぇ覚めたかマリモちゃん?」
「…………てめ…」
 睨むゾロの目に光が戻る、直前に。
 サンジは手を放してドアの外へ退避した。
「おい待て、クソコック!」
 と、言われて待つはずがない。
 サンジは笑みを含んだ声で、
「さっさと降りてこい、朝飯出来てんぞ」
 と言い残して部屋を出た。
「おいこら、セクハラコック!」
 セクハラと来たか。
 そう言われては、仕方ない。
 サンジは怒りにまかせて飛び出して来たゾロの肩を掴んで、耳元に口を寄せて。
「なーに裸で出て来てんだ、どっちがセクハラだぁ?」
 と囁く。それに対してゾロは、
「ふざけてんじゃねえ!」
 と叫んで身をよじって、手を払い落とした。
「裸で出てきたのは、あれじゃ足りねぇってことか?」
「て、てめ…」
「朝飯、出来てんぞ。早く服着て降りて来い」
「……分かった」
 かろうじて、それだけ答えたゾロは扉の向こうに姿を消した。
「…ごちそうさま」
 サンジは唇を嘗めながらつぶやいて、階下のキッチンへ向かった。
 冗談みたいに震える手を、ポケットに突っ込んで。


      → next issue “026:いただきます





 “026:いただきます”に続きます。
  (2005.9.30)


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