規則正しく聞こえるくせに、ゆらりゆらりとリズムを変える夜の波音。
子どもの頃から聞き続けている子守唄。
ゆらり、ゆらりと揺れる船体と重なり合って、緩やかな眠気を誘う。
「……この辺りにしておくか」
在庫チェックの帳簿を閉じて、サンジはテーブルに突っ伏して、耳を天板に当てる。
流れる自分の血の音の向こうに、船が持っているたくさんの音が聞こえる。
すぐそこで唸る、冷蔵庫のモーター音。
船体が受ける風の音、波の音。
そこに、コツコツと硬質な音が混ざり、徐々に大きくなった。
この音は。
記憶をたどるより早く、キッチンの扉が開いた。
「まだ起きてたのか」
コツ、コツ、コツ。
テーブルに近づくこの音は、足音。
「…寝てるのか?」
起きている。
と、答えるのが億劫で、サンジはそのままの姿勢で波音に混ざる声を聞く。
足音はすぐそばまで来て、止まった。
「……………寒くねぇのか?」
つぶやくように尋ねた声は、もし寝ていたらという配慮だろうか。
ヘンなところで律儀なヤツだ。
ぼんやり思うサンジのそばから足音は遠ざかり、部屋の片隅から何かを持ち上げた気配。
それから再び近づいて、ふわり、と何かがサンジの肩を包む。
毛布?
「今夜は底冷えするからな」
昼間だったら聞こえないような音量の声。
けれど今は夜。
昼より静かな波音に、優しく乗って耳に響く。
ゆらり。
船体が少し傾いた。
同時に、テーブルに手が乗る音。
耳の側で。バランスを崩したのだろう。
サンジは、毛布の下から手を伸ばす。
ゆらり、と伸びた手が予想外だったのか、足音が半歩ほど後ろに下がった。
「起きてたのか」
「………ん…」
つかんだ手首が冷たくて、サンジは思わず毛布の中に引き込んだ。
「おい」
「…寒いんだろ…」
そのままぐいと引っ張って、ベンチの隣に座らせた。
「おいコッ…」
「寒い」
勢いをつけてもう一度引く。
抵抗らしい抵抗もなく、肩先に吐息が、鼻先にふらりとしたものが触れた。
ああ、これは髪の毛だ。
見かけよりも柔らかなんだな。
サンジは顔を寄せて、そっと息をする。
わずかに残る石鹸の香り。
と。
初めてかぐはずなのに、どこか懐かしいような匂い。
何だろう。
頭の隅でサンジは思ったけれど、次の瞬間、小さなため息と共に手のひらが頭をなでたから。
まあ、いいか。
サンジはゆらり、揺れる波のリズムに身を任せる。
フワフワした心地よさに捕らわれて、眠りに落ちる。
-end.
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