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××× 062 : フワフワ ×××


 規則正しく聞こえるくせに、ゆらりゆらりとリズムを変える夜の波音。
 子どもの頃から聞き続けている子守唄。
 ゆらり、ゆらりと揺れる船体と重なり合って、緩やかな眠気を誘う。
「……この辺りにしておくか」
 在庫チェックの帳簿を閉じて、サンジはテーブルに突っ伏して、耳を天板に当てる。
 流れる自分の血の音の向こうに、船が持っているたくさんの音が聞こえる。
 すぐそこで唸る、冷蔵庫のモーター音。
 船体が受ける風の音、波の音。
 そこに、コツコツと硬質な音が混ざり、徐々に大きくなった。
 この音は。
 記憶をたどるより早く、キッチンの扉が開いた。
「まだ起きてたのか」
 コツ、コツ、コツ。
 テーブルに近づくこの音は、足音。
「…寝てるのか?」
 起きている。
 と、答えるのが億劫で、サンジはそのままの姿勢で波音に混ざる声を聞く。
 足音はすぐそばまで来て、止まった。
「……………寒くねぇのか?」
 つぶやくように尋ねた声は、もし寝ていたらという配慮だろうか。
 ヘンなところで律儀なヤツだ。
 ぼんやり思うサンジのそばから足音は遠ざかり、部屋の片隅から何かを持ち上げた気配。
 それから再び近づいて、ふわり、と何かがサンジの肩を包む。
 毛布?
「今夜は底冷えするからな」
 昼間だったら聞こえないような音量の声。
 けれど今は夜。
 昼より静かな波音に、優しく乗って耳に響く。
 ゆらり。
 船体が少し傾いた。
 同時に、テーブルに手が乗る音。
 耳の側で。バランスを崩したのだろう。
 サンジは、毛布の下から手を伸ばす。
 ゆらり、と伸びた手が予想外だったのか、足音が半歩ほど後ろに下がった。
「起きてたのか」
「………ん…」
 つかんだ手首が冷たくて、サンジは思わず毛布の中に引き込んだ。
「おい」
「…寒いんだろ…」
 そのままぐいと引っ張って、ベンチの隣に座らせた。
「おいコッ…」
「寒い」
 勢いをつけてもう一度引く。
 抵抗らしい抵抗もなく、肩先に吐息が、鼻先にふらりとしたものが触れた。
 ああ、これは髪の毛だ。
 見かけよりも柔らかなんだな。
 サンジは顔を寄せて、そっと息をする。
 わずかに残る石鹸の香り。
 と。
 初めてかぐはずなのに、どこか懐かしいような匂い。
 何だろう。
 頭の隅でサンジは思ったけれど、次の瞬間、小さなため息と共に手のひらが頭をなでたから。
 まあ、いいか。
 サンジはゆらり、揺れる波のリズムに身を任せる。
 フワフワした心地よさに捕らわれて、眠りに落ちる。



 -end.

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032:テーブル





 “フワフワ”という語感のイメージ+私の願望。
  (2006.4.15)


 “テーブル”に続きます。
  (2006.4.23)


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